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ホームへ 開墾の日々
 夢の実現にあたり、若者たちがまず目指したのは、農地の拡大と新しい品種を導入することでした。当時、弘前周辺で育てられていた一般的なりんごと言えば、国光、紅玉が主でした。これらのりんご栽培のスタイルは確立されておりました。
 しかし、若者たちは国光や紅玉よりも玉が大きく、甘味も強いスターキングやゴールデンといった新しい品種を作ることを考えたのです。こうした大胆な考えは、地元の保守的な先輩たちから反対されることもしばしばでした。しかし、若者たちの心は、何ものにも恐れず挑戦していこうという勇気に満ちていました。
 計画を実行するために行ったのは農地探しでした。世の常として、若者に潤沢な資金があるわけがありません。そのため、すでに開墾された農地は高価で手が出せるものではありませんでした。
 そこで目を付けたのが、いまだ誰も鍬を入れたことがない岩木山麓の原野でした。「7人の力を終結し開墾すれば、原野も立派なりんご園になるはずだ」。7人は心をひとつにし、原野への挑戦を決心したのです。
 昭和40年、「虹の会」で共に夢を描いた7人の若者たちは、新たに農事組合法人「ゴールド農園」を組織し、岩木山麓の原野14haを購入。早速その年から農園作りに着手しました。選んだ原野は十面沢と呼ばれる場所で、それぞれが暮らす下湯口集落から25kmも離れた遠隔地でした。そのため、お金を出し合って中古のマイクロバスを購入し、みんなで開拓地へ向かうことにしました。また、廃バスを現地に置いて、作業が長引く場合はそこに寝泊まりできるようにしました。
 岩木山の東北に位置し、季節風が吹き荒れるなど厳しい気象条件を持つ十面沢での作業は苦労の連続でした。しかし、困難を可能にする若い力は目を見張る勢いで原野を開拓し、一年後には何とかりんごを栽培する土地を完成させたのです。

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