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原野の開拓が終わり、いよいよりんごづくりが始まりました。しかし、りんご作りは、春に種を蒔き、秋に収穫するといった一般の農作物のように一年で結果が出るものではありません。当たり前のことですが開拓したばかりの原野には、すぐにりんごの実を付けてくれる木など一本も生えていないのです。そのため、開拓した農地での最初の仕事は将来、実を結ぶりんごの苗を育てることでした。
りんごは苗から育てて実を付けるまで約10年の歳月を必要とします。しかしだからといって、りんごの成長を毎日眺めているのでは、暮らしの糧を得ることができません。そこで、7人が行ったのがりんご苗の栽培と販売でした。原野の片隅で新品種の苗木を育て、それを担いでりんご農家に売り歩いたのです。
若者たちのこうした苦労を知ってか知らずか、原野に植えられたりんごの木は年を追うごとにめきめき大きく育っていきました。
そして昭和50年を迎える頃、遂にりんごの木が真っ赤な実を結んだのでした。こうして、ゴールド農園のりんごたちは世に送り出されるようになったわけですが、若者たちは農地を拡大し、新品種のりんごを作り出すことだけで満足したわけではありませんでした。次に挑戦したのは無袋によるりんご作りでした。
りんごの木に花が咲き、実を結び、大きく育っていく過程で袋をかけるという作業は、昔からりんご栽培の常識でした。元来は病害虫や枝ズレを防ぐために行われた作業でしたが、現在では袋をかけることで、りんご全体が均一に赤く着色し見た目がよくなるからという理由から袋かけの作業が行われています。
7人の若者たちはりんご栽培の常識とされてきたこの袋かけ作業に疑問を持ちました。りんごはお日様の光を浴びることではじめて甘味を増す事実に気付いたからでした。「少々色にムラがあっても、それこそが本来のりんごの姿。そして何よりも無袋のりんごこそが甘く美味しい」。
こうして本当に美味しいりんごを作るという理想を実現するため、若者たちはりんごを袋で覆うことなく、お日様の下で育てることにしたのです。しかし、この無袋りんごを認知してもらうまでには様々な苦労を乗り越えなければなりませんでした。消費者の多くは色が悪いというだけで、美味しくないものと決めつけてしまったのです。そこで、若者たちは無袋りんごを手に全国を巡り、りんご本来が持っている健康的な美味しさを伝え歩きました。
そして徐々にではありますが若者たちの苦労は少しづつ実を結び始めました。甘くて美味しいりんごと若者たちの情熱が多くの人の心を打ったのです。
現在、弘前で生産されているりんごは甘くて美味しい無袋りんごが主流となりつつあります。このきっかけを作った源流のひとつがゴールド農園の7人の若者たちが起こした行動でもあったのです。
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